Firefly Alpha
Firefly Aerospace小型ロケット
0.1 概要
Firefly Alphaは、Firefly Aerospace社が開発した小型衛星打上げロケットであり (1)、タップオフサイクルエンジンと27時間迅速対応能力を特徴とする。
基本情報: - 製造: Firefly Aerospace（米国テキサス州） - 初打上げ: 2021年9月3日 - 初軌道成功: 2022年10月1日 - 状態: 運用中 - ペイロード能力（LEO）: 1,030 kg - ペイロード能力（SSO）: 630 kg
技術的特徴: - 🔧 タップオフサイクルエンジン（Reaver 1） - ⚡ 27時間迅速対応実証（VICTUS NOX、2023年9月14日） - 🎯 軍事即応性ミッション対応 - 🏢 新興企業の成功事例（破産から復活）
市場ポジション: Electron（300kg）とFalcon 9（22.8ton）の中間、1トン級小型衛星専用
0.2 基本仕様
0.2.1 寸法・質量
| 項目 | 仕様 |
|---|---|
| 全高 | 29.48 m（96.7 ft） |
| 直径 | 1.8 m（5.9 ft） |
| ペイロードフェアリング直径 | 2.21 m（7.25 ft） |
| 打上げ時質量 | 約30,000 kg（66,000 lb） |
| 段数 | 2段 |
0.2.2 ペイロード能力
| 軌道 | ペイロード質量 |
|---|---|
| LEO（200km） | 1,170 kg |
| LEO（500km） | 1,030 kg |
| SSO（500km） | 630 kg |
| GTO | 送り込み軌道到達不可 |
比較: Electron（LEO 300kg）の約3.4倍
0.3 推進システム
0.3.1 第1段: Reaver 1エンジン
| 項目 | 仕様 |
|---|---|
| エンジン名 | Reaver 1 |
| エンジンサイクル | タップオフサイクル（Combustion Tap-Off Cycle） |
| エンジン数 | 4基 |
| 推進剤 | LOX/RP-1（液体酸素/ケロシン） |
| 海面推力 | 184 kN/基 × 4基 = 736 kN（165,500 lbf） |
| 比推力 | 295秒（海面）、330秒（真空） |
タップオフサイクルとは
タップオフサイクル: 燃焼室の高温ガスを直接抽出してターボポンプ駆動
特徴: - 燃焼室壁面から高温ガスを「タップ（抽出）」 - ガスジェネレーター不要（シンプル） - 段階燃焼サイクルより低コスト - ガスジェネレーターサイクルより高効率
利点: - 設計シンプル化 - 製造コスト削減 - 中小型ロケットに最適
0.3.2 第2段: Lightning 1エンジン
| 項目 | 仕様 |
|---|---|
| エンジン名 | Lightning 1 |
| エンジン数 | 1基 |
| 推進剤 | LOX/RP-1 |
| 真空推力 | 70.1 kN（15,750 lbf） |
| 比推力 | 322秒（真空） |
| 再点火能力 | あり |
0.4 運用実績
0.4.1 総合統計（2025年10月時点）
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 総打上げ回数 | 6回 |
| 完全成功 | 2回（FLTA003、FLTA005） |
| 部分成功 | 2回（FLTA002、FLTA004、軌道到達だが問題あり） |
| 失敗 | 2回（FLTA001、FLTA006） |
| 成功率（完全） | 33.3% |
| 軌道投入率 | 67%（4/6が軌道到達） |
| 年間打上げ | 1-2回 |
現状: 信頼性向上が課題、2025年9月にFLTA007が地上試験中に爆発
0.4.2 主要マイルストーン
| 日付 | ミッション | 結果 | 意義 |
|---|---|---|---|
| 2021年9月3日 | FLTA001（Alpha Flight 1） | 失敗 | 初打上げ、第1段分離前に異常 |
| 2022年10月1日 | FLTA002（To The Black） | 部分成功 | 初軌道到達（ただし軌道異常） |
| 2023年9月15日 | FLTA003（VICTUS NOX） | 完全成功 | 初完全成功、27時間迅速対応実証 |
| 2023年12月22日 | FLTA004 | 部分成功 | 軌道到達だが第2段異常 |
| 2024年3月21日 | FLTA005 | 完全成功 | 2回目の完全成功 |
| 2025年7月3日 | FLTA006 | 失敗 | 第2段異常 |
| 2025年9月 | FLTA007（地上試験） | 爆発 | 地上試験中にロケット爆発、射点損傷 |
0.5 VICTUS NOX - 27時間迅速対応実証
VICTUS NOX（2023年9月14-15日）は、Firefly Alphaの最も重要なマイルストーンである。
0.5.1 ミッション概要
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| ミッション名 | VICTUS NOX（ラテン語: “Conquer the Night”、「夜を征服せよ」） |
| 顧客 | 米国宇宙軍（U.S. Space Force） |
| 日時 | 2023年9月14日23:28 UTC（通知から27時間後） |
| 射場 | Vandenberg SLC-2W |
| ペイロード | Millennium Space Systems衛星 |
| 結果 | 完全成功 |
0.5.2 迅速対応実証
プロトコル: 1. T-0h: 米国宇宙軍から打上げ通知 2. T+24h: 24時間以内に準備完了目標 3. T+27h: 実際の打上げ実施 4. 成功: 27時間で通知から軌道投入完了
意義: - 世界初の24時間級迅速対応実証 - 軍事即応性の実証（緊急衛星展開能力） - Firefly初の完全成功ミッション
技術的成果: - 射場チーム・ロケットシステムの即応性 - 事前準備プロトコルの有効性 - 米国宇宙軍の即応宇宙作戦能力向上
0.6 開発企業: Firefly Aerospace
0.6.1 会社概要
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 正式名称 | Firefly Aerospace, Inc. |
| 本社 | Cedar Park、テキサス州、米国 |
| 製造拠点 | Briggs、テキサス州、米国（“Rocket Ranch”） |
| 創業 | 2014年1月（Firefly Space Systems） |
| 破産 | 2016年10月 |
| 再建 | 2017年3月（新投資家による買収・再建） |
| IPO | 2025年8月（Nasdaq: FLY） |
| 企業評価額 | 20億ドル（2024年11月時点） |
| 年間売上 | 6,080万ドル（2024年、前年比10%増） |
0.6.2 Tom Markusic 創業者
Dr. Thomas Markusic（トーマス・マーキュジック博士）(2): - 学歴: プリンストン大学 機械・航空宇宙工学 博士号 - NASA: エンジニア - SpaceX: テキサス試験場ディレクター、主任推進エンジニア（-2011年） - Blue Origin: シニアシステムズエンジニア - Virgin Galactic: 推進担当副社長 - Firefly創業動機: 「SpaceXだけではなく、もっと多くの企業が必要」
0.6.3 開発史（破産からの復活）
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 2014年1月 | Tom Markusic、P.J. King、Michael Blumらが Firefly Space Systems 創業 |
| 2014-2016年 | 初期開発（自己資金スタート） |
| 2016年10月 | 破産: 欧州投資家撤退、全従業員解雇 |
| 2017年3月 | Noosphere Ventures買収: Max Polyakov（ウクライナ起業家）が資産買収 |
| 2017年 | Firefly Aerospace改名: 再建開始 |
| 2017-2021年 | Polyakovが2億ドル以上投資、技術開発・チーム拡大 |
| 2021年5月 | シリーズA投資ラウンド 7,500万ドル（DADA Holdings主導） |
| 2021年9月 | 初打上げ（FLTA001、失敗） |
| 2022年10月 | 初軌道到達（FLTA002、部分成功） |
| 2023年9月 | VICTUS NOX（FLTA003、初完全成功、27時間迅速対応） |
| 2024年11月 | 資金調達ラウンド 企業評価額20億ドル |
| 2025年8月 | Nasdaq IPO（ティッカーシンボル: FLY） |
教訓: 新興宇宙企業の破産→復活→上場の成功事例
0.7 製造施設
0.7.1 Briggs “Rocket Ranch” 製造工場（テキサス州）
施設概要 (3): - 所在地: Briggs、テキサス州（本社から北へ30分） - 敷地: 200エーカー以上 - 施設面積: 207,000平方フィート（2024年拡張後、旧92,000平方フィートから倍増） - 用途: ロケット製造、組立、統合、試験
施設内容: - ロケット製造棟: 大型カーボンコンポジット構造製造 - 組立・統合棟: Alpha、MLV（Medium Launch Vehicle）、Antares 330対応 - 試験設備: 6基の試験台（エンジン試験、ステージ試験）
カーボンファイバー製造: - 高速ロボット: 1時間あたり200ポンド（90kg）以上のカーボンファイバー積層 - Alpha構造製造: わずか7日間で全大型カーボン構造完成 - MLV構造製造: わずか30日間で完成 - コスト削減: 旧プロセス比で約7倍安価、9倍高速
エンジン試験設備: - 7軸ロボット工作機械: 直径5.5メートル（18フィート）までのロケット胴体回転加工 - 高推力エンジン試験台: Miranda、Viraエンジン（最大230,000ポンド推力）試験対応
州政府支援: テキサス州宇宙委員会から820万ドルの助成金獲得（宇宙船施設拡張）
0.8 運用射場
0.8.1 Vandenberg SLC-2W
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 所在地 | Vandenberg Space Force Base、カリフォルニア州 |
| 射点 | SLC-2W（Space Launch Complex 2 West） |
| 初Alpha打上げ | 2021年9月3日 |
| 年間打上げ | 1-2回 |
歴史: SLC-2Wは元Delta II射点（45回打上げ、1995-2018年）
詳細: Vandenberg Space Force Base 記事参照
0.9 技術的特徴
0.9.1 カーボンコンポジット構造
機体材料: カーボンファイバー複合材料
メリット: - 軽量化（アルミニウム比で約30%軽量） - 高強度・高剛性 - 製造プロセス効率化
0.9.2 タップオフサイクルエンジン
Reaver 1: Firefly独自開発のタップオフサイクルエンジン
技術的選択理由: - ガスジェネレーターサイクルより高効率 - 段階燃焼サイクルより低コスト・シンプル - 小型エンジンに最適なバランス
0.10 主要ミッション
0.10.1 商業打上げ
顧客セクター: - 地球観測衛星 - 通信衛星 - 技術実証衛星
0.10.2 政府ミッション
米国宇宙軍: VICTUS NOX（迅速対応実証） NASA: QuickSounder（気象観測衛星、FLTA005）
0.11 コスト・価格分析
0.11.1 打上げ価格
標準価格 (4): - 商業打上げ: 1,500万ドル/打上げ - ペイロード: 最大1,030 kg（LEO）
kg単価: - Alphakg単価: 約14,563ドル/kg（LEO 1,030kg基準） - Electronkg単価: 約25,000ドル/kg（LEO 300kg） - Falcon 9kg単価: 約2,939ドル/kg（LEO 22,800kg、再使用）
0.11.2 市場ポジション
価格比較: | ロケット | 価格 | LEO能力 | kg単価 | |:——–|:—–|:——-|:——| | Electron | $7-7.5M | 300 kg | $25,000/kg | | Firefly Alpha | $15M | 1,030 kg | $14,563/kg | | Antares | $85M | 8,000 kg | $10,625/kg | | Falcon 9（再使用） | $67M | 22,800 kg | $2,939/kg |
競争優位性: - 500-2,000kg市場: ElectronとFalcon 9の間の「ミドルクラス」を専門化 - 専用打上げ: Falcon 9ライドシェアより優先スケジュール - 迅速対応: VICTUS NOXで27時間即応性実証
0.11.3 経済性
製造コスト削減: - カーボンコンポジット自動化で7倍コスト削減 - タップオフサイクルエンジンで開発コスト抑制 - テキサス州での製造（低コスト地域）
顧客ターゲット: - 中型地球観測衛星（500-1,000kg） - 技術実証ミッション - 迅速対応軍事ミッション
0.12 主要顧客・契約
0.12.1 米国宇宙軍
VICTUS NOX契約 (5): - 契約額: 2,180万ドル - ミッション: 迅速対応打上げ実証 - 成果: 2023年9月、27時間対応成功
意義: 米国宇宙軍の即応宇宙作戦能力実証
0.12.2 NASA
Commercial Lunar Payload Services (CLPS): - Blue Ghost Mission 1契約: 9,370万ドル（2021年） - 追加契約: 1,000万ドル（2025年7月、追加データ取得） - Blue Ghost Mission 2契約: 1億7,670万ドル（2025年7月、南極ミッション、2029年予定）
INCUS Mission (6): - 打上げ場: Wallops島、バージニア州 - ペイロード: NASA地球観測衛星 - 時期: 2027年予定
0.12.3 商業顧客
Spaceflight Inc.: 打上げサービス契約（ライドシェア仲介） Lockheed Martin: 技術実証衛星打上げ（FLTA006、失敗） その他: 地球観測、通信、技術実証衛星
0.12.4 契約バックログ
2025年時点: 複数の商業・政府契約を確保、打上げ待機中
0.13 失敗・事故の詳細
0.13.1 FLTA001（2021年9月3日）- 初飛行失敗
ミッション: Alpha Flight 1 (“Alpha Flight 1 Test”) 結果: 失敗（打上げ2分30秒後にエンジン停止、墜落）
事故概要 (7): - 打上げ後2分15秒: 第1段Reaver 1エンジンの1基が停止 - エンジンアウト（1基停止）後も飛行継続 - 2分30秒: 制御喪失、自爆指令送信 - 墜落: 太平洋上
原因: - エンジン配線の電気的問題 - エンジン制御システムの異常
教訓: 4基クラスター配置でも1基停止時の飛行継続困難（推力不足）
0.13.2 FLTA006（2025年7月3日）- 第2段異常
ミッション: Lockheed Martin技術実証衛星 結果: 失敗（第2段分離後に異常、南太平洋に墜落）
事故概要 (8): - 第1段分離: 成功 - 第2段点火: 成功 - ステージ分離時: 異常なエアロサーモ加熱効果発生 - プルーム誘発型の異常加熱で第2段システム損傷 - 衛星は南極付近の南太平洋に墜落
原因: - プルーム誘発型エアロサーモダイナミック加熱（Plume-Induced Aerothermodynamic Heating） - 第1段・第2段分離時の排気プルーム相互作用 - 予期しない加熱効果で第2段機器損傷
技術的詳細: 非常に稀な現象、ステージ分離時の排気プルームが異常な加熱を引き起こした
対策: ステージ分離シーケンス見直し、加熱シミュレーション強化
0.13.3 FLTA007（2025年9月29日）- 地上試験中爆発
ミッション: Alpha Flight 7（打上げ前地上試験） 結果: 地上試験中に第1段爆発、機体全損
事故概要 (9): - 場所: Briggs製造施設（テキサス州）、Vandenbergではない - 状況: 第1段受入試験（Acceptance Test）中 - 事故: Reaverエンジンの1基で燃焼事象発生、第1段破壊 - 施設損傷: 試験台構造は無事、他施設への影響なし
原因調査結果（2025年11月12日発表）: - 根本原因: 第1段統合プロセス中のプロセスエラー - 具体的原因: 微量の炭化水素汚染（Hydrocarbon Contamination） - 結果: エンジン内で燃焼事象発生
是正措置: 1. 検査要件強化: 流体系統の検査プロセス拡充 2. センサー最適化: 第1段センサー追加・改良 3. 自動アボート追加: 異常検知時の自動停止機能強化
復旧計画: - 生産ラインから代替第1段を使用 - 第2段は既にVandenberg SLC-2に配送済み - FLTA007打上げ: 2025年Q4後半～2026年Q1初旬予定
0.14 課題と将来展望
0.14.1 信頼性向上
現状の課題: - 成功率33.3%（完全成功2/6） - 2025年9月: FLTA007地上試験中爆発
改善計画: - 第2段システムの信頼性向上 - 品質管理プロセス強化 - 試験プログラム拡充
0.14.2 打上げ頻度向上
現状: 年間1-2回 目標: 年間6-12回（信頼性確立後）
0.14.3 Blue Ghost月着陸機
計画: Firefly自社開発の月着陸機 ロケット: Alpha打上げ NASA契約: Commercial Lunar Payload Services (CLPS)
Blue Ghost Mission 1: - 契約額: 9,370万ドル + 1,000万ドル追加（2025年7月） - 着陸地点: Mare Crisium（危難の海） - ペイロード: NASA科学機器 - 時期: 2026年予定
Blue Ghost Mission 2: - 契約額: 1億7,670万ドル（2025年7月） - 着陸地点: 月南極（South Pole） - ミッション: 水氷探査、極地環境調査 - 時期: 2029年予定
技術的挑戦: Alphaは月軌道投入能力を持たないため、Blue Ghostは独自推進システムで月へ
0.14.4 Medium Launch Vehicle (MLV)
次世代中型ロケット (10): - ペイロード能力: LEO 16,000 kg（Alphaの約15倍） - 共同開発: Northrop Grumman（Antares後継機） - 初打上げ: 2026年予定 - 製造: Briggs施設で生産開始
意義: Fireflyの事業拡大、中型市場への参入
0.14.5 Vandenberg LC-2以外の射場
計画中の射場: - Kennedy Space Center: フロリダからの打上げ検討 - Wallops島: NASA INCUS Mission（2027年）でWallops初打上げ
0.14.6 打上げ頻度目標
現状: 年間1-2回 短期目標（2026-2027年）: 年間4-6回 中期目標（2028-2030年）: 年間12回以上
前提条件: 信頼性向上、FLTA007以降の連続成功