Antares
Northrop Grumman ISS補給専用ロケット
0.1 概要
Antaresは、Northrop Grumman社が開発したISS補給専用ロケットであり (1)、エンジンの地政学的転換を経験した独特の歴史を持つ。
基本情報: - 製造: Northrop Grumman（旧Orbital Sciences Corporation） - 初打上げ: 2013年4月21日 - 状態: 移行中（Antares 230+退役、Antares 330開発中） - ペイロード能力（LEO）: 8,120 kg（230+）、10,500 kg（330） - 専用ミッション: ISS補給（Cygnus補給船）
技術的特徴: - 🌐 エンジンの地政学的転換（ソ連NK-33→ロシアRD-181→米国Firefly Miranda） - 🚀 ISS補給専用設計（NASA CRS契約） - 💥 2014年爆発事故と復旧（Orb-3） - 🇺🇸 完全米国製化（Antares 330、2025年-）
市場ポジション: ISS補給専用、SpaceX Dragon（Cape Canaveral）と並ぶISS補給の2本柱
0.2 基本仕様
0.2.1 Antares 230+（2016-2023年、退役）
寸法・質量
| 項目 | 仕様 |
|---|---|
| 全高 | 42.5 m |
| 直径 | 3.9 m |
| 打上げ時質量 | 289,000 kg |
| 段数 | 2段 |
ペイロード能力
| 軌道 | ペイロード質量 |
|---|---|
| LEO | 8,120 kg |
推進システム
| 段 | エンジン | 推進剤 | 製造元 |
|---|---|---|---|
| 第1段 | RD-181 × 2基 | LOX/RP-1 | ロシア（Energomash） |
| 第2段 | Castor 30XL（固体） | - | Northrop Grumman |
第1段製造: ウクライナ（Yuzhnoye/Yuzhmash）
0.2.2 Antares 330（2025年-、開発中）
ペイロード能力
| 軌道 | ペイロード質量 | 性能向上 |
|---|---|---|
| LEO | 10,500 kg | +29%（230+比） |
推進システム
| 段 | エンジン | 推進剤 | 製造元 |
|---|---|---|---|
| 第1段 | Miranda（Firefly Reaver派生）× 7基 | LOX/RP-1 | 米国（Firefly Aerospace） |
| 第2段 | Castor 30XL（固体） | - | Northrop Grumman |
第1段製造: 米国テキサス州（Firefly Aerospace）
意義: 完全米国製化達成（ロシア・ウクライナ依存脱却）
0.3 エンジンの地政学的転換
Antaresの最大の特徴は、3世代にわたるエンジンの地政学的転換である。
0.3.1 第1世代: AJ26（ソ連NK-33改修）
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| エンジン | AJ26 |
| 原型 | ソ連NK-33（N-1月ロケット用、1960年代開発） |
| 製造 | Aerojet（米国）が再生・改修 |
| 運用期間 | 2013-2014年（Antares 100系列） |
| 総打上げ | 5回（4成功、1失敗） |
| 終了理由 | 2014年Orb-3爆発事故（AJ26故障） |
背景: 冷戦終結後、ソ連NK-33エンジン在庫を米国が購入・改修
0.3.2 第2世代: RD-181（ロシア製）
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| エンジン | RD-181 |
| 製造 | ロシアEnergomash |
| 運用期間 | 2016-2023年（Antares 230+） |
| 総打上げ | 15回（全て成功、成功率100%） |
| 終了理由 | ウクライナ侵攻による地政学的リスク、完全米国製化方針 |
政治的文脈: ロシアとの宇宙協力継続（ISS依存）、ただし長期的リスク認識
0.3.3 第3世代: Miranda（米国Firefly製）
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| エンジン | Miranda（Firefly Reaver派生） |
| 製造 | 米国Firefly Aerospace（テキサス州） |
| 運用開始 | 2025年（予定） |
| エンジン数 | 7基（230+の2基から増） |
| 意義 | 完全米国製化達成、地政学的リスク排除 |
背景: ウクライナ侵攻（2022年）、ロシア依存脱却の加速
0.4 2014年Orb-3爆発事故
Orb-3事故は、Antaresの歴史における重要な転換点である。
0.4.1 事故概要
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 日時 | 2014年10月28日 18:22 EDT |
| ミッション | Orb-3（CRS-3、ISS補給） |
| ロケット | Antares 130（AJ26エンジン） |
| 射場 | Wallops MARS Pad 0A |
| 事故 | 打上げ15秒後にロケット爆発 |
| 原因 | AJ26エンジン（旧ソ連NK-33）の故障 |
被害: - ロケット・Cygnus補給船完全損失 - Pad 0A損傷 - 射点運用停止（約2年）
影響: - Antares 100系列（AJ26）の運用終了 - ロシア製RD-181への切替決定 - 射点復旧（2016年10月）
0.5 運用実績
0.5.1 総合統計
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 総打上げ回数 | 18回（2013-2025年） |
| 成功 | 17回 |
| 失敗 | 1回（Orb-3、2014年） |
| 成功率 | 94.4% |
| 年間打上げ | 1-2回 |
0.5.2 バージョン別実績
| バージョン | 期間 | 打上げ回数 | 成功率 | エンジン |
|---|---|---|---|---|
| Antares 100 | 2013-2014年 | 5回 | 80%（4/5） | AJ26（ソ連NK-33改修） |
| Antares 230+ | 2016-2023年 | 15回 | 100% | RD-181（ロシア製） |
| Antares 330 | 2025年- | 開発中 | - | Miranda（米国Firefly製） |
0.6 Cygnusによる補給船との運用
Antaresは、Cygnus補給船と一体設計されたISS補給システムである。
0.6.1 Cygnus補給船
基本仕様
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 製造 | Northrop Grumman |
| 全長 | 5.1 m（Cargo Module） |
| 直径 | 3.07 m |
| ペイロード | 標準型: 2,000 kg、Enhanced型: 3,500 kg |
| ドッキング | ISS Unity Node（ロボットアーム把持） |
| 滞在期間 | 約3-6ヶ月 |
| 最終処分 | 大気圏再突入で焼却（廃棄物処理含む） |
バージョン
Standard Cygnus（2013-2015年）: - ペイロード: 約2,000 kg - 使用回数: 5回（Orb-1～Orb-3、Orb-D1、Orb-4）
Enhanced Cygnus（2015年-）: - ペイロード: 約3,500 kg（75%増） - Cargo Module延長 - 太陽電池パネル大型化 - 使用回数: NG-10以降全て
技術的特徴
消耗型設計: - SpaceX Dragonと異なり、回収・再使用しない - 利点: 設計シンプル化、ISS廃棄物を積載して処分可能
ISS滞在期間: - 通常3-6ヶ月滞在 - 長期実験装置として利用（NanoRacks等） - 離脱後、廃棄物を積載して大気圏再突入
製造: - Cargo Module: イタリア（Thales Alenia Space） - Service Module: 米国Northrop Grumman
0.6.2 NASA CRS契約
CRS-1契約（2008-2019年）
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 契約年 | 2008年12月23日 |
| 契約額 | 19億ドル |
| 打上げ回数 | 8回（当初）→ 12回（延長） |
| 実績 | 11回実施（Orb-3失敗1回含む） |
| 期間 | 2013年-2019年 |
CRS-2契約（2019年-）
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 契約年 | 2016年 |
| 契約期間 | 2019年-2028年頃 |
| 最低打上げ | 6回 |
| 最大総額 | 140億ドル（SpaceX、Northrop、Sierra Nevadaの3社合計） |
| 頻度 | 年間1-2回 |
| 役割 | SpaceX Dragonと並ぶISS補給の2本柱 |
0.7 詳細ミッション履歴
0.7.1 Antares 100系列（2013-2014年、AJ26エンジン）
| ミッション | 日時 | Cygnus | 結果 |
|---|---|---|---|
| A-ONE（試験） | 2013年4月21日 | ペイロードシミュレーター | ✅ 成功 |
| Orb-D1（実証） | 2013年9月18日 | Cygnus実証機 | ✅ 成功 |
| Orb-1 | 2014年1月9日 | Cygnus CRS-1 | ✅ 成功 |
| Orb-2 | 2014年7月13日 | Cygnus CRS-2 | ✅ 成功 |
| Orb-3 | 2014年10月28日 | Cygnus CRS-3 | ❌ 失敗（爆発） |
Orb-3失敗の影響: Antares 230への移行決定
0.7.2 Antares 230系列（2016-2024年、RD-181エンジン）
| ミッション | 日時 | Cygnus | 結果 |
|---|---|---|---|
| Orb-4 | 2016年10月17日 | Cygnus CRS OA-5 | ✅ 成功（Antares 230初飛行） |
| NG-10 | 2018年11月17日 | Cygnus NG-10 | ✅ 成功（Enhanced Cygnus） |
| NG-11 | 2019年4月17日 | Cygnus NG-11 | ✅ 成功 |
| NG-12 | 2019年11月2日 | Cygnus NG-12 | ✅ 成功 |
| NG-13 | 2020年2月15日 | Cygnus NG-13 | ✅ 成功 |
| NG-14 | 2020年10月2日 | Cygnus NG-14 | ✅ 成功 |
| NG-15 | 2021年2月20日 | Cygnus NG-15 | ✅ 成功 |
| NG-16 | 2021年8月10日 | Cygnus NG-16 | ✅ 成功 |
| NG-17 | 2022年2月19日 | Cygnus NG-17 | ✅ 成功 |
| NG-18 | 2022年11月7日 | Cygnus NG-18 | ✅ 成功 |
| NG-19 | 2023年8月1日 | Cygnus NG-19 | ✅ 成功 |
| NG-20 | 2024年1月30日 | Cygnus NG-20 | ✅ 成功 |
| NG-21 | 2024年8月4日 | Cygnus NG-21 | ✅ 成功（Antares 230+最終飛行） |
特記事項: Antares 230+は15回連続成功（成功率100%）
0.7.3 Antares 330系列（2026年-、Miranda エンジン）
初打上げ予定: 2026年（NG-22ミッション予定）
0.8 開発企業の歴史
0.8.1 Orbital Sciences Corporation（1982-2015年）
創業 (2): - 1982年: David Thompson、Bruce Ferguson、Scott Websterが創業 - 事業領域: 小型衛星、打上げロケット、ミサイル防衛システム - 主要製品: Pegasus、Taurus、Minotaur、Antaresロケット
Antares開発: - 2008年: NASA COTS契約獲得（2億8,800万ドル） - 2008年: NASA CRS-1契約獲得（19億ドル、8回打上げ） - 2013年: Antares初打上げ
0.8.2 Orbital ATK（2015-2018年）
2015年2月9日: Orbital Sciences Corporation と Alliant Techsystems（ATK）の合併 (3): - 合併目的: 衛星製造、ミサイル、ロケット技術とATKの固体推進・複合材料技術の統合 - 企業規模: 年間売上約45億ドル、従業員13,000人
Antares運用: - 2016年10月: Antares 230初打上げ（RD-181エンジンへ移行） - 2016-2018年: CRS契約継続、ISS補給ミッション実施
0.8.3 Northrop Grumman（2018年-）
2017年9月18日: Northrop Grumman、Orbital ATK買収発表 (4): - 買収金額: 78億ドル（現金）+ 負債14億ドル引継ぎ = 合計92億ドル - FTC承認: 2018年6月5日（固体ロケットモーター供給条件付き） - 買収完了: 2018年6月6日
組織改編: - 2018年: Northrop Grumman Innovation Systemsとして運営開始 - 2020年1月1日: Space Systems部門に統合
Antares運用: 2018年-2024年、CRS-1/CRS-2契約継続
0.9 製造・統合施設
0.9.1 Horizontal Integration Facility（HIF）
施設概要 (5): - 所在地: Wallops Flight Facility、バージニア州（MARS内） - 完成: 2011年3月公開 - 用途: Antaresロケットの水平組立・統合
施設内容: - 組立エリア: 第1段コア、第2段、インターステージ、フェアリング組立 - ペイロード統合: Cygnus補給船とロケットの結合 - 非危険物処理: 宇宙船カプセル化 - 管制室: 打上げ管制・サポートスタッフ
技術的特徴: - クレーンシステム: 全自動制御、2基のクレーン同時運用可能 - 水平組立: 水平状態でロケット全体を組立 - 移動システム: 専用トランスポーター/エレクターで射場へ移送・立上げ
Antares 330対応: 新第1段の大型化に対応するため、HIF延長工事が必要
0.10 運用射場
0.10.1 Wallops MARS Pad 0A
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 所在地 | Wallops Flight Facility、バージニア州 |
| 管理 | Virginia Spaceport Authority（MARS） |
| 初Antares打上げ | 2013年4月21日 |
| 年間打上げ | 1-2回（ISS補給） |
2014年事故: Orb-3爆発で射点損傷、2016年10月復旧
射場改修: - Horizontal Integration Facility建設 - トランスポーター/エレクターシステム導入 - デリュージシステム（水噴射消音装置）
詳細: Wallops Flight Facility 記事参照
0.11 コスト・価格分析
0.11.1 NASA CRS契約価格
CRS-1契約（2008年）(6): - 契約総額: 19億ドル - 打上げ回数: 8回（当初）→ 12回（延長後） - 総輸送量: 約20トン - 1回あたり価格: 約1億5,800万ドル（19億ドル÷12回）
CRS-2契約（2016年）(7): - 契約期間: 2019年-2028年頃 - 最低打上げ: 6回 - 契約総額: 最大140億ドル（全プロバイダー合計、SpaceX、Northrop Grumman、Sierra Nevada）
0.11.2 kg単価比較
| ロケット | 打上げ価格 | LEO能力 | kg単価 | 用途 |
|---|---|---|---|---|
| Antares 230+ | $158M | 8,120 kg | $19,458/kg | ISS補給専用 |
| Falcon 9（CRS） | データなし | 22,800 kg | $80,000/kg（CRS契約） | ISS補給+商業 |
| Firefly Alpha | $15M | 1,030 kg | $14,563/kg | 小型衛星 |
注記: Antares kg単価はロケット価格のみ。CRS契約にはCygnus宇宙船、運用、地上設備も含む
0.11.3 Cygnus宇宙船コスト
開発コスト: - COTS契約: 2億8,800万ドル（2008年、開発・実証飛行）
運用コスト: CRS契約に統合（ロケット+宇宙船一体価格）
0.11.4 経済性
専用設計の利点: - ISS補給に最適化された設計 - Cygnus-Antares一体設計で運用コスト削減 - NASA単一顧客だが長期安定契約
課題: - 商業市場への展開なし（Antaresは100% ISS補給専用） - 打上げ頻度低い（年間1-2回）
0.12 Antares 330 開発詳細
0.12.1 Firefly Aerospaceとの提携（2022年）
2022年8月8日: Northrop Grumman、Fireflyとの提携発表 (8): - 目的: 完全米国製Antaresロケット開発（ロシア・ウクライナ依存脱却） - 開発対象: Antares 330（Antares後継機）、Eclipse MLV（新中型ロケット） - 役割分担: - Firefly: Miranda第1段エンジン、複合材構造 - Northrop Grumman: アビオニクス、ソフトウェア、第2段、ロケット統合、射場運用
0.12.2 Miranda エンジン開発
エンジン仕様 (9): - エンジン名: Miranda（Firefly Reaver派生エンジン） - エンジン数: 7基（Antares 230+の2基から大幅増） - 推力（1基）: 約1,000 kN - 推力（合計）: 約7,200 kN（真空） - 比較: Antares 230+ 第1段推力 3,800kN → Antares 330 第1段推力 7,200kN（約2倍）
開発進捗（2024年6月時点）: - ホットファイア試験: 60回以上実施 - 認定試験: 進行中 - 生産: 量産開始
0.12.3 初打上げスケジュール
当初計画: 2025年中頃 現行計画 (10): - 初打上げ: 2026年以降（No Earlier Than 2026） - 理由: 認定試験追加、品質保証強化
準備状況: - Mirandaエンジン: 量産中 - 第1段構造: Firefly Briggsで製造中 - HIF改修: Antares 330対応準備
0.13 Eclipse MLV（Medium Launch Vehicle）
0.13.1 新中型ロケット開発
2025年5月29日: Northrop Grumman、Fireflyに5,000万ドル投資、MLVを”Eclipse”と命名 (11): - 開発目的: Antares 330技術を活用した商業中型ロケット - ペイロード能力: LEO 16,000 kg - 技術: Mirandaエンジン×7基、複合材構造 - 再使用性: 第1段打上げ場帰還・推進着陸設計最適化
初打上げ計画: - 初打上げ: 2026年以降（Early 2026） - 打上げ場: Wallops島、バージニア州
意義: - Antares技術の商業市場展開 - 再使用型第1段で運用コスト削減 - Fireflyの中型市場参入（Alpha: 1t → Eclipse: 16t）
0.14 将来展望
0.14.1 Antares 330移行
初打上げ予定: 2025年中頃 主要変更: - エンジン: RD-181（ロシア）× 2基 → Miranda（米国Firefly）× 7基 - 第1段製造: ウクライナ → 米国テキサス州 - ペイロード: 8,120kg → 10,500kg（+29%）
意義: 完全米国製ISS補給ロケットの実現
0.14.2 ISS補給継続
契約: NASA CRS、2028年頃まで 頻度: 年間1-2回 役割: SpaceX Dragonと並ぶISS補給の2本柱維持
0.14.3 ISS運用終了後
ISS運用終了: 2030年頃（予定） Antaresの将来: 商業宇宙ステーション補給、月ゲートウェイ補給等の新市場