第4回 大理石加工のFAロボット — ロボットとアトリエの分業

1 §5.1 はじめに — ロボット彫刻の登場と LITIX

大理石加工の機械化は、切断・研磨の自動化段階を越え、彫刻の「粗取り加工 (roughing)」にまで到達した。背景には、3Dデータ化と産業用ロボットの普及、そして建築装飾市場での短納期要求がある。実装事例として、IFR は石材ロボット加工の導入ケースを記録し (1)、Architectural Record は建築装飾分野での適用拡大を報じている (2)。イタリア・カラーラでは、この流れの中で工房、機械開発、ソフトウェア開発を束ねる企業群が形成されてきた。

その中核の一つが LITIX SpA である。LITIX の公式情報では、TORART / ROBOTOR / AIVOX の3ブランド体制が示され、芸術制作・ロボット加工・デジタル領域を横断する構造を採る。(3,4)

資本市場側の一次情報として、Euronext のプレスリリースは LITIX SpA の上場日を 2024年7月8日 と明示し、調達額を 2.2M€(オーバーアロットメント行使時 2.5M€)としている。本稿の上場日・資金調達額はこの原典に基づく。(5,6)

1.1 図8 LITIX の組織構成

graph TD
  L[LITIX SpA] --> T[TORART]
  L --> R[ROBOTOR]
  L --> A[AIVOX]
  T --> T1[制作・工房機能]
  R --> R1[ロボット加工システム]
  A --> A1[デジタル技術領域]

2 §5.2 デジタルワークフロー — 3Dスキャン → 7軸ロボット

現在の石材ロボット加工は、「データ取得 → 加工経路生成 → 多軸加工 → 再計測 → 仕上げ」という連続工程として運用される。TORART / ROBOTOR の公開情報では、原型の3Dスキャン結果を基に OR-OS 系の自己プログラミング機能で経路を生成する (7,8)。IFR ケースでは、7軸ロボット(6軸 + 回転テーブル)で粗取り加工を行う構成が示される (1)

この工程のポイントは、職人作業を全面代替することではなく、重切削と反復動作を機械に移し、意匠判断を要する終盤工程を人間側へ集中させることである。HSD のケースも、ロボット側の機械要素と工房側の仕上げ工程が一体運用される実態を示している。(9)

2.1 図9 デジタルワークフロー(7ステップ)

flowchart LR
  S1[1. 原型の3Dスキャン] --> S2[2. OR-OS/CAM経路生成]
  S2 --> S3[3. 7軸ロボット段取り]
  S3 --> S4[4. 粗取り加工 roughing]
  S4 --> S5[5. 準仕上げ加工]
  S5 --> S6[6. 再計測と補正]
  S6 --> S7[7. 仕上げ加工 finishing]

3 §5.3 粗加工と仕上げの分業 — 95-99% × 1-5%

本章で最も重要なのは、比率を単一値で断定しないことである。企業・業界ケース系ではロボットが担う粗取り加工を 95%系 として記述する (1,7)。報道系では 99%系 とする例が見られ、人間が担う仕上げ加工を 1-5% とレンジで表記するのが妥当である (10,11)

95%系と99%系の差は、誤差というより工程定義の差として理解すべきである。たとえば roughing の範囲を「主形状形成まで」とするか、「細部手前まで」を含めるかで比率は変わる。finishing 側も、最終肌合わせのみを指す場合と、質感調整まで含む場合で定義が異なる。なお、この工程定義差として整理する見方は、報道系記述 (12,13) を踏まえた本稿独自の分析的フレームであり、出典側に同様の整理が明示されているわけではない。

また、報道で言及される「ロボット1台:仕上げ職人6名」比率は、現時点で企業 IR の一次確認が完了していない。本稿では報道系出典に基づく参照値として扱い、確定値としては扱わない。(10,13)

比較軸 95%系 99%系 差が生じる主因
媒体傾向 企業・業界ケース 報道・一般解説 強調点の違い
roughing の境界 主形状形成中心 細部手前まで含む場合 工程定義の差
finishing の境界 肌合わせ中心 質感調整まで含む場合 品質基準の差

4 §5.4 利用アトリエ・工房の事例

ロボット加工の価値は装置単体ではなく、どの市場でどの分業を組むかで決まる。カラーラの Studio Corsanini は、地域工房がロボット工程を組み込み、受託加工と仕上げ技能を接続する典型例である。(14)

米国では Monumental Labs が建築装飾・修復へ展開し、Architectural Record は最大90%のコスト圧縮目標を報じる。ここでは「芸術作品」よりも、建築サプライチェーンの再構築が主論点となる。(2,15)

一方で Quayola はロボットを表現媒体として使い、同じ技術を美術文脈へ転化する。つまり同一のロボット基盤でも、工房・建築・アートで価値の置き方が変わる。(16)

名称 地域 主用途 位置づけ
Studio Corsanini イタリア・カラーラ 受託加工・彫刻制作 工房実装の代表例
Monumental Labs 米国ニューヨーク 建築装飾・修復 建築供給への拡張
Quayola 英国拠点(国際展開) 芸術制作・展示 表現領域の先行例

5 §5.5 世界の対比 — イタリア芸術 / 米建築 / 中国量産 / 日本

イタリアの強みは、採石地・工房・作家ネットワークが密接に結びついた高付加価値制作にある。米国の強みは、建築プロジェクトへ接続する調達・実装能力である。中国はロボット/CNC 装置の供給層が厚く、量産と価格競争で優位を持つ。(2,8)

日本は、墓石・記念碑など既存市場でのデジタル化は進む一方、ROBOTOR の国内導入を一次情報で断定できる段階にはない。したがって、日本市場の評価は「未確認領域を含む慎重導入」として記述するのが適切である。(13)

6 §5.6 「ロボット彫刻は芸術か」論争

この論争は「機械が削ったか」という二分法だけでは整理できない。実務上の争点は、どの工程で誰が判断し、誰が最終品質に責任を持つかである。粗取り加工をロボット化し、仕上げ加工で職人が最終判断を担う体制では、作者性と技能の中心は依然として人間側に残る。(10)

同時に、建築領域では作者論よりも、供給安定・納期・再現性・修復対応が優先される。したがって同じ技術でも、芸術市場と建築市場では評価軸が異なる。(2)

7 §5.7 まとめ — 連載全体の総括

第4回が示したのは、ロボット化を「職人代替」ではなく「工程再編」と捉える視点である。大理石加工の現実は、95-99% のロボット粗取り加工1-5% の職人仕上げ加工の分業として整理するのが最も整合的である。(1,7)

連載全体で見れば、採石・切断・搬出・加工の各段階で、機械化は人間を排除する方向ではなく、判断密度の高い工程へ人間を再配置する方向で進んできた。LITIX SpA の上場と工房実装は、この変化が概念ではなく産業実装の段階に入ったことを示している。(5,6)

補足として、 本稿の分業モデルは「人間か機械か」の二択ではない。 実際の現場では、 データ作成、 段取り、 粗取り加工、 再計測、 仕上げ、 検査、 出荷判断、 という多段の責任分担として運用される。

まず導入初期に問題化しやすいのは、 原型データの品質である。 スキャン時の欠損、 陰影ノイズ、 座標ずれが残ると、 工具経路の生成精度が落ち、 再加工の発生率が上がる。 このため工房側では、 ロボット本体のスペック比較以前に、 スキャン手順とデータ検査手順の標準化が必要になる。(1)

次に重要なのは、 7軸ロボット運用時の段取り設計である。 6軸に回転テーブルを加える構成は、 ワークの再固定回数を減らせる。 再固定は位置誤差を増やし、 連続曲面や対称形状の品質を不安定化させるため、 第7軸の有無は品質安定と直結する。(8,9)

粗取り加工 95-99% / 仕上げ加工 1-5% というレンジは、 単なる工数比ではなく、 価値密度の分布として理解した方が正確である。 時間配分が小さくても、 最終肌の表情、 エッジの張り、 鑿跡の残し方、 光の回り込みといった評価項目は、 この終盤工程に集中する。(10)

したがって、 「ロボットが大半を加工する」事実と、 「作品価値の最終決定は人間が行う」事実は両立する。 この両立を正確に示すためにも、 本稿は 95-99% と 1-5% をレンジで記述し、 単一値断定を避ける。(12,13)

地域比較を補うと、 イタリアは採石地近接の工房ネットワークが厚く、 制作現場への即応性が高い。 米国は建築案件への接続力が高く、 装飾部材の供給網再構築を主題に置く。 中国は装置供給層の厚みで優位を持ち、 価格競争の土台を形成している。 日本は施工品質の高さと保全文化を強みとする一方、 石材ロボットの本格普及は検証余地を残す。(2,13)

この構図を踏まえると、 日本の実装課題は、 機械単体の導入可否よりも、 どの工程を社内化し、 どの工程を外部工房と分担するかという設計にある。 特に小ロット案件では、 全工程を内製するより、 粗取り加工を外部化して仕上げ加工を内製化する方が、 品質と納期の両立を図りやすい。(1)

論争点である「芸術性」の扱いでも、 工程分解は有効である。 作者性は、 工具を保持した主体ではなく、 形態決定と品質承認の主体に帰属する。 この観点に立つと、 ロボット加工は芸術の代替ではなく、 芸術制作における生産段階の再編と解釈できる。(10,16)

結論として、 第4回の焦点は技術礼賛ではない。 焦点は、 ロボットと職人の境界線を、 産業としてどのように設計するかである。 LITIX SpA、TORART、ROBOTOR、 そして利用アトリエの事例は、 この設計が既に実運用段階へ入ったことを示している。(3,5)

参考文献

1.
International Federation of Robotics. Robotor: the robot sculptor that carves Carrara marble [Internet]. 2026年 [cited 2026年5月23日]. Available at: https://ifr.org/case-studies/robotor-the-robot-sculptor-that-carves-carrara-marble
2.
Architectural Record. Monumental Labs turns to automation and robots [Internet]. 2025年 [cited 2026年5月23日]. Available at: https://www.architecturalrecord.com/articles/18004-monumental-labs-turns-to-automation-and-robots-to-revive-the-art-of-stone-carving
3.
LITIX SpA. Group Overview [Internet]. 2026年 [cited 2026年5月23日]. Available at: https://litix.com/en/who-we-are/group-overview/
4.
LITIX SpA. Storia [Internet]. 2026年 [cited 2026年5月23日]. Available at: https://litix.com/chi-siamo/storia/
5.
Euronext. LITIX lists on Euronext Growth Milan [Internet]. 2024年 [cited 2026年5月23日]. Available at: https://www.euronext.com/en/about/media/euronext-press-releases/litix-lists-euronext-growth-milan
6.
LITIX SpA. IPO Admission Document [Internet]. 2024年 [cited 2026年5月23日]. Available at: https://litix.com/en/investors/ipo-admission-document/
7.
TORART. Robotor, the sculptor robot shaping Carrara marble [Internet]. 2026年 [cited 2026年5月23日]. Available at: https://www.torart.com/en-ww/robotor-the-sculptor-robot-shaping-carrara-marble.aspx
8.
TORART. Robotor One [Internet]. 2026年 [cited 2026年5月23日]. Available at: https://www.torart.com/en-ww/robotor-one-the-sculptor-robot-that-aims-to-compete-with-michelangelo.aspx
9.
HSD Mechatronics. Robotor case history [Internet]. 2026年 [cited 2026年5月23日]. Available at: https://www.hsdmechatronics.com/it/case-history/robotor-il-robot-scultore-che-plasma-il-marmo-di-carrara/
10.
CBS News. Robot role in marble art sculpting [Internet]. 2025年 [cited 2026年5月23日]. Available at: https://www.cbsnews.com/news/robot-role-marble-art-sculpting-60-minutes/
11.
GIGAZINE. ロボットは彫刻家の仕事の99%を肩代わりできる [Internet]. 2023年 [cited 2026年5月23日]. Available at: https://gigazine.net/news/20230129-robot-work-with-marble-sculptors/
12.
Bloomberg. Robot Sculptors in Marble [Internet]. 2025年 [cited 2026年5月23日]. Available at: https://www.bloomberg.com/features/2025-robot-sculptors-marble/
13.
日本経済新聞. イタリア「彫刻工場」関連記事 [Internet]. 2025年 [cited 2026年5月23日]. Available at: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD171E50X10C25A8000000/
14.
Studio Corsanini. Robot Eng [Internet]. 2026年 [cited 2026年5月23日]. Available at: https://www.corsanini.it/en/robot-eng/
15.
Monumental Labs. About [Internet]. 2026年 [cited 2026年5月23日]. Available at: https://www.monumentallabs.co/about
16.
Quayola. Sculpture Factory Laocoon [Internet]. 2026年 [cited 2026年5月23日]. Available at: https://quayola.com/sculpture-factory-laocoon/