国内造船所のゴライアスクレーン
住友重機械搬送システムの独占と大型化の系譜
1 はじめに — 造船所の象徴
造船所の風景を支配する巨大な門型構造物、ゴライアスクレーン。高さ80〜100 m、スパン150〜200 mに達するこの設備は、船殻ブロックをドック内に搭載する工程の中核を担う。1基の導入に数年を要し、数十年にわたって稼働する大型インフラであり、造船所の建造能力を物理的に規定する設備でもある。
本記事では、国内造船所向けゴライアスクレーンの唯一のメーカーである住友重機械搬送システムの製品群、事業統合による独占化の経緯、主要造船所の設備状況、そして大型ブロック工法の進展に伴うクレーン容量の拡大を解説する。前稿の造船所向け走行台車が船殻ブロックの水平搬送を扱ったのに対し、本稿はその次工程——ブロックのドック内搭載に焦点を当てる。
2 住友重機械搬送システム — 国内唯一のメーカー
2.1 企業概要
住友重機械搬送システム株式会社は、住友重機械工業の子会社(出資比率82.8%、三菱重工業17.2%)であり、本社を東京都品川区に置く (1)。製造拠点は愛媛県新居浜市の新居浜工場で、自社専用岸壁を有する (2)。1912年に最初の天井クレーンを完成させて以来100年超の実績があり、クレーン累計稼働台数は世界全体で5,300台を超える (3)。
ゴライアスクレーン以外にも、造船所向けの製品として国内シェア約80%を持つレールマウント式ジブクレーン、大型天井クレーン、クレーン稼働データ可視化ツールSIRMS(シルムス)を展開している (3)。
2.2 ゴライアスクレーンの市場地位
同社は国内唯一のゴライアスクレーンメーカーであり、国内造船所向けの市場シェアは事実上100%である (1,4)。公式製品ページに記載された納入実績は以下のとおりである。
| 容量クラス | 納入基数 |
|---|---|
| 300 t級 | 7基 |
| 800 t級 | 15基 |
| 1,200 t級 | 10基 |
| 合計 | 32基以上 |
なお、1,330 t級(2015年受注、3基)が上表に含まれているかは製品ページの更新時期が不明のため確定できない。300 t未満の小型機も含めると、実際の納入総数はさらに多い可能性がある。
3 事業統合と独占化の経緯
3.1 三菱重工業のクレーン事業承継
2015年10月1日、三菱重工マシナリーテクノロジーの産業用クレーン事業が吸収分割により住友重機械搬送システムに承継された (5,6)。対象事業にはレードルクレーン、天井クレーン、コンテナクレーン、港湾クレーンが含まれ、設計部門から約140名の技術者が移籍した (4)。この統合により三菱重工は17.2%の資本参加を行い、機種・サービスのラインアップ拡充と技術力の融合を図った (5)。
3.2 IHI運搬機械の不参入とタダノへの事業譲渡
IHI運搬機械(旧石川島運搬機械、1973年設立)は、ジブクライミングクレーンで業界トップの地位を占め、東京国際フォーラムや東京スカイツリーの建設に貢献した実績を持つ。しかし、造船用ゴライアスクレーン市場には参入しておらず、2012年のIHI完全子会社化後もクレーン事業の主力はタワークレーン・建設用クレーンであった。
同社は2024年11月にクレーン事業のタダノへの譲渡を発表し、取得価額約153億円で2025年7月に株式譲渡が実行された (7)。譲渡先はIUKクレーン(現タダノインフラソリューションズ)として独立し、IHI運搬機械の残存事業はパーキングシステムに特化して2026年にIHIパーキングスクエアへ社名変更した。タダノは移動式クレーンの世界大手であるが、造船用ゴライアスクレーンとは事業領域が異なるため、この事業譲渡は国内ゴライアスクレーン市場の構造に影響を与えるものではない。
3.3 独占化の構造的要因
国内市場が単一メーカーの独占となった背景には複数の構造的要因がある。第一に、主要造船所は国内10社程度に限定され、新規受注は数年に1基という超ニッチ市場である。第二に、三菱重工のクレーン事業撤退により、造船用大型クレーンを製造できる国内プレーヤーが1社のみとなった。第三に、高さ80〜100 m・スパン150〜200 m・耐風速80 m/sという設計要件には風洞試験に基づく専門ノウハウが必要であり (8)、技術的参入障壁が極めて高い。
4 容量帯の進化とブロック工法
4.1 300 tから1,330 tへ
ゴライアスクレーンの容量拡大は、造船業の大型ブロック工法と密接に連動している。
| 年代 | 容量帯 | 備考 |
|---|---|---|
| 〜1995年 | 200〜300 t級 | 1970年代初頭設置の主流 |
| 1995年〜 | 800 t級 | 住友が開発、大型ブロック工法の転換点 |
| 2000年代〜 | 1,200 t級 | 一括搭載ブロック質量の飛躍的拡大 |
| 2015年〜 | 1,330 t級 | 国内最大級、今治造船向け |
1970年代初頭に設置された300 t級クレーンでは、船殻を多数の小ブロックに分割して搭載する必要があった。1995年に住友重機械搬送システムが800 t級を開発したことが転換点となり、大型ブロック工法が実現した (1)。2000年代には1,200 t級が導入され、さらに大きなブロックの一括搭載が可能になった。2015年には国内最大の1,330 t級が今治造船向けに受注された (9)。
4.2 大型ブロック工法の効果
クレーン容量の拡大は造船所の生産性を直接向上させる。三菱重工長崎造船所香焼工場では、2008年に1,200 tゴライアスクレーンを導入した結果、既存の600 tクレーンとの併用で最大1,500 tの大ブロック工法が実現し、LNG船の年間建造能力が5隻から7隻へ40%増強された (10)。
大型ブロック工法の利点は複数ある。第一に、ブロック搭載回数が減少することでドック占有期間が短縮される。第二に、地上で艤装を完了させた大型ブロックを搭載することで、ドック内での艤装作業(高所作業・狭隘空間作業)が削減され、進水時艤装率が向上する。第三に、搭載精度が向上することで、ブロック接合部の手直し作業が減少する。これらの効果が累積して年間建造隻数の増加につながる。
前稿で解説した走行台車がブロックの屋外ヤードからドック近傍までの水平搬送を担うのに対し、ゴライアスクレーンはそのブロックを吊り上げてドック内の所定位置に搭載する。両者は造船所の大型ブロック工法において不可分の関係にある。
5 主要造船所のゴライアスクレーン
5.1 今治造船 丸亀事業本部
1,330 t × 3基を装備し、国内最大の吊上能力を有する (9)。ドックは長さ600 m × 幅80 m × 深さ11.7 mで日本最大である (11)。クレーン高さは約90 m(30階建てビル相当)に達する。今治造船全体では住友重機械搬送システムから200台超のクレーンを納入済みであり、うち大型ゴライアスクレーンは11基に達する (9)。
5.2 大島造船所(長崎県西海市)
1,200 t × 2基を装備する (12)。1基目は2008年、2基目は2015年2月に納入完了し、合計吊上能力2,400 tは国内最大級である。2024年4月には三菱重工から香焼工場を取得しており (13)、同工場の1,200 tゴライアスクレーンも大島造船所が承継した。
5.3 三菱重工 長崎造船所香焼工場(現 大島造船所に譲渡)
2008年に本格稼動した1,200 tゴライアスクレーンは、高さ95.5 m、スパン185 m、使用鋼材量約5,000 tという規模である (10)。耐風設計は風速80 m/sに対応しており、標準的な55 m/sを大幅に上回る (10)。
5.4 ジャパンマリンユナイテッド(JMU)津事業所
現行設備は700 t × 1基と200 t × 1基であるが、LNG・アンモニア等のクリーン燃料対応船の建造増加に対応するため、800 t × 2基への更新計画を含む450億円規模の設備投資を進めている (14)。
5.5 国内造船所設備一覧(判明分)
| 造船所 | 所在地 | 吊上能力 | 基数 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 今治造船 丸亀 | 香川県 | 1,330 t | 3 | 国内最大能力 |
| 大島造船所 本社 | 長崎県西海市 | 1,200 t | 2 | 合計2,400 t |
| 大島造船所 香焼 | 長崎県長崎市 | 1,200 t | 1+ | 旧三菱重工 |
| JMU 津 | 三重県 | 700 t+200 t | 2 | 800 t×2へ更新計画 |
| 住友重機械マリンエンジニアリング 横須賀 | 神奈川県 | 300 t | 2 | 協働600 t |
6 技術仕様と制御
6.1 構造設計
ゴライアスクレーンはドライドックの両側に設けた走行レール上を門型脚部が走行する構造を持つ (1)。主桁には高張力鋼薄板を用いた大断面箱桁構造が採用され、構造設計の最適化により軽量化が図られている (1)。寸法は各造船所のドック幅・配置に合わせた個別設計であり、カタログ仕様としての一律値は存在しない。
香焼工場の1,200 t級を参考とすると、高さ95.5 m、スパン185 m、使用鋼材量約5,000 tという規模になる (10)。組立時には6つの大型ブロックに分割して現地に搬入し、岸壁上で組み立てる方法がとられた (10)。
6.2 耐風設計
造船所のゴライアスクレーンは海岸部に設置されるため、強風への対策が構造設計上の重要課題となる。大北(2009)は、1,200 tゴライアスクレーンの構造強度について、有限要素解析による静的強度・疲労強度・座屈の検討、風洞試験による空力特性の把握、設置後の振動計測による実機検証の3段階で検証した結果を報告している (8)。香焼工場のクレーンでは風速80 m/sに耐える設計が採用されており、標準的なクレーンの設計風速55 m/sを大幅に上回る (10)。
6.3 制御方式
各運動(走行・横行・巻上)にインバータ制御を採用し、急激な加減速を防止して吊り荷の振れを抑制する (1)。軽荷重時には巻上速度を最大3倍速まで増速し、作業効率を向上させる。2台のトロリをマスター・スレーブ方式で連動操作し、1つの操作器から連動巻上・連動横行を行うことができる (9)。
微速運転モードでは高精度な吊り荷位置合わせが可能であり、船殻ブロック搭載時の位置決めを支援する (1)。ブロック搭載は数ミリメートル単位の精度が要求される作業であり、クレーンの制御精度は建造品質に直結する。
7 製造プロセス
7.1 新居浜工場での一貫生産
ゴライアスクレーンは新居浜工場(愛媛県)で一貫生産される (2)。工程は以下の4段階で進む。
- 材料切断: レーザー切断・プラズマ切断(鋼板厚6〜200 mm)
- 仮組立(ファブリケーション): 3次元組立で構造部材を形成
- 溶接: 構造物の接合。溶接品質がクレーン全体の強度を決定する
- 本組立・精度調整: 穴開け・ピン挿入・寸法管理
製造開始から納入まで約1年を要し、同工場では約15機種のクレーンを多品種生産している (2)。高さ100 mを超える構造物では、溶接精度の維持と大型ブロック組立時の寸法制御に熟練技能者の判断が不可欠とされる (2)。
完成品は大型ブロックに分割した状態で自社専用岸壁から海上輸送し、納入先の造船所で現地組立を行う。据付工事には専門の重量物据付業者が参画し、基礎工事から本体組立、試運転までを含めると据付期間は数か月に及ぶ。
8 海外競合メーカー
国内市場は住友重機械搬送システムの独占であるが、グローバル市場ではフィンランドのKonecranesが主要な競合メーカーとして存在する。同社は最大2,000 t吊り(スパン210 m)の実績を持ち、フック精度4 mmを実現している (15)。マスター・スレーブ構成で1人のオペレーターが2台を同時制御する技術や、発注から引渡しまで約2年という製造・据付期間が特徴である (15)。
Liebherr(スイス/ドイツ)も港湾クレーン分野ではグローバルプレーヤーであるが、造船用ゴライアスクレーンに特化した製品ラインは確認できなかった。
日本国内の造船所への海外メーカー納入実績は調査の範囲では確認できなかった。日本の造船業界では国内メーカーとの長期取引関係が根強く、据付後数十年にわたるメンテナンス体制も含めた総合的な対応力が求められるため、海外メーカーの参入障壁は高い。
9 今後の動向
9.1 クリーン燃料船への対応
IMO(国際海事機関)の温室効果ガス排出削減規制の強化に伴い、LNG・アンモニア・メタノール等のクリーン燃料に対応した船舶の建造が増加している。これらの燃料は従来のC重油と比較してエネルギー密度が低いため、燃料タンクの大型化が避けられない。タンク構造を含む大型ブロックの質量増加は、ゴライアスクレーンの搭載能力に対する要求を押し上げている。
JMU津事業所の700 tから800 tへのクレーン更新計画は、この動向を反映した設備投資の一例である (14)。同計画は2023-2025年度の3年間で450億円規模の投資の一部として位置付けられている (14)。
9.2 今治造船とJMUの統合
今治造船は2025年にJMUを子会社化し、国内造船シェア5割超となった。両社合わせて国内に複数のドックと多数のゴライアスクレーンを保有しており、設備の統合・合理化に伴ってクレーン設備の再編が生じる可能性がある。住友重機械搬送システムにとっては最大顧客グループの設備戦略が事業環境を左右する構造にある。
9.3 洋上風力発電への展開
洋上風力発電設備の設置・メンテナンスにも大型クレーン技術の応用が期待されている。風車のタワー・ナセル・ブレードは大型かつ重量物であり、港湾での組立にはゴライアスクレーン級の搭載能力が必要となる場合がある。造船業で培った大型構造物の吊上技術と耐風設計の知見は、洋上風力分野との親和性が高い。
10 公開情報の限界
住友重機械搬送システム製ゴライアスクレーンの具体的寸法(スパン・揚程・走行速度)は、各造船所のドック仕様に合わせた個別設計であるため、カタログ値としては公開されていない。本記事で記載した三菱重工香焼工場の寸法データ(高さ95.5 m、スパン185 m)は同クラスの参考値として有用であるが、住友製の全機種に適用できるものではない。
以下の情報は公開情報からの確認ができていない。
- 800 t級15基の個別納入先リスト
- 海外造船所への納入実績の詳細
- 走行速度・揚程・巻上速度の具体的な数値
- 主巻・副巻の容量配分
- 位置決め精度の定量値
住友重機械技報No.170(2009年)のPDFは公式サイトで全文無料公開されており (8)、OCR処理により詳細な設計データが得られる可能性がある。
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